ジョブ型雇用について(その2) ~日本型職務給の今後~

先月の岸田総理の施政方針演説で、ジョブ型という言葉は全く出てきませんでしたが、「労働移動」および「日本型の職務給の確立」について言及されており、2023年6月に具体的な「モデル」が出るようです。
最終的には6月を待つしかないのですが、少しコメントしたいと思います。

【1 総理演説について】

演説の「日本型の職務給」に至る文脈ですが、主に「四 新しい資本主義」の「(三)構造的な賃上げ」の中で以下の流れで述べられています。

(三)構造的な賃上げ 
1 まずは賃上げが必要
1-1 労働市場改革 : 持続的に賃金が上がる「構造」を作り上げるため(に必要)
1-2 公的セクターや政府調達に参加する企業で働く方の賃金の引き上げ
1-3 中小企業における賃上げ実現(生産性向上、下請け取引の適正化、価格転嫁の促進)
1-4 フリーランスの取引適正化

2 持続的な賃上げには三位一体の労働市場改革を加速
2-1 リスキリングによる能力向上支援
2-2 日本型の職務給の確立
2-3 成長分野への円滑な労働移動を進める
という三位一体の労働市場改革を、働く人の立場に立って、加速する。

3 リスキリングについて
3-1 リスキリングについては、企業経由が中心となっている在職者向け支援を、個人への直接支援中心に見直す
3-2 年齢や性別を問わず、リスキリングから転職まで一気通貫で支援する枠組みも作る
3-3 より長期的な目線での学び直しも支援する

4 企業には、そうした個人を受け止める準備を進めて欲しい
4-1 人材の獲得競争が激化
4-2 従来の年功賃金から、日本型の職務給(※)へ移行することは、企業の成長のためにも急務
(※)職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映される給与体系
4-3 本年6月までに、日本企業に合った職務給の導入方法を類型化し、モデルを示す

1の賃上げの必要性については、公的セクターから中小企業、フリーランスまで、原資となる価格転嫁も含めて網羅的に触れられています。
価格転嫁については、2月7日の日経電子版でも、中小企業にしわ寄せがいっていて、価格転嫁が5割程度しか進んでいない、との報道もありました。
その記事でも「政府が監視強化」とありましたが、今後、公正取引委員会、中小企業庁その他行政機関が、独占禁止法、下請法、建設業法等各種業法の遵守状況の監視に注力するということかもしれません。当社および当社業務には直接関係ないですが、注視される可能性は認識しておくべきだと思います。

次に、3のリスキリングについては、企業在職者支援が中心となっているものを、個人中心に見直し、転職まで一気通貫で繋げていくとのことです。
現行制度では、社員教育を行う企業に補助金を給付するとか、雇用保険(教育訓練給付)を使って社員自ら学習する、ということが多く、企業と雇用保険加入者への支援が手厚いという印象(※末尾)を私は持っています。従って、今回の見直しの視点は、雇用保険の対象とならない自営業者やフリーランスなどにも支援の幅を広げるものであれば、的を得たもの、期待できるものではないかと考えます。

最後に2の三位一体の労働市場改革と4の企業へのメッセージの部分についてです。
演説から、①リスキリングによる個々人の能力向上⇒②スキルに見合った職務への労働移動(社内・社外)と賃金上昇⇒③生産性向上・企業収益拡大⇒④さらなる賃上げ、というステップが想定できます。
日本の国際競争力強化のためにも、政府として生産性向上が課題であると考えていることが背景にあるものと思います。

演説では、「日本型の職務給の確立」の後に「成長分野への円滑な労働移動」が出てきているので、前段でいうと①から②の間に、その条件として職務給への転換が位置付けられているように考えられます。

職務給の導入により、仕事・スキルと処遇との関連性が緊密になり、勤続要素が薄れ年功的賃金では評価されない人がより能力に見合った評価を受けるようになるべきだ、ということだと思います。

最後に、「日本企業に合った職務給の導入方法を類型化」し、「モデルを示す」ということなので、現行の代表的な給与体系(例:職能給)から職務給への移行を行う際の「導入方法」を類型として挙げることと、職務給「モデル」が示されるということかと思います。

【2 「日本型職務給」の導入検討における視点あれこれ】

先日、労働市場に詳しい友人に聞いた話では、「大企業でも自社の給与レンジ(文脈からは職能給か)に入らないのでお断りせざるを得ない(採用できない)会社もあれば、給与レンジに自由度があるので採用できる中小企業もある」ということでした。

一方で、現行の給与レンジ内には、新卒生え抜きの社員が多くいるはずで、社員感情からは、レンジを広げればよいという単純なものでもない面もあります。
プロ野球で例えると、大卒生え抜き30歳で不動の4番の看板選手の年俸が仮に1億円として、同じ年齢のFA加入選手が2億円で契約・加入するとモヤモヤ感が残るような感じですかね。

従って、職務給で採用力を強化しようとすると、現在籍社員も含めて処遇をどうするか、すなわちマーケットに収斂(上昇)していく可能性があることを認識しておく必要があります。

もう一つ忘れてはいけない視点は、②の労働移動は、社外からの労働移動だけでなく、社内での労働移動もあるということです。
またまたプロ野球で例えると、遊撃手のポストが空いたときにまず考えるのは、FAでの補強はお金もかかるし次善の策で、チームの活性化の観点からも、チーム内でのコンバートや控え選手の抜擢が先ですよね、ということです。

冒頭で申し上げたとおり、すべては6月の発表後、ということになるのですが、職務給を導入する際も、政府が給与水準を示すことはないと考えられるので、制度改定をお考えであれば、まずは現在のマーケットがどの程度の水準なのか、現在の自社の採用競争力をどのように評価しどの点に問題意識を持つのか、等を事前に整理する必要があります。

年功序列・職能給から、労働移動・職務給の時代に変わっていくとしたら、これからしばらくの過渡期における人事制度改定においては、経営陣のポリシーの整理や社員への説明など、丁寧に考え、慎重に進めていく必要があると考えます。当社はこのような視点でお手伝いしていきたいと存じます。

余談ですが、演説の中で、「意欲ある個人が、その能力を最大限いかして働くこと」「三位一体の労働市場改革を、働く人の立場に立って加速」というような表現があることから、国民全体に網をかけつつ、中でも意欲や能力のある人を念頭に置いているようにも私は感じました。
リスキリングにしても、働きながら、子育てをしながらだと時間的余裕もなく、負担は大きいですが、それに耐えて昇給を勝ち取り、そのお金を原資に新NISAで資産所得倍増を達成する、というのが今後のライフプランのメインシナリオとなるのでしょうか。
個人的には、そういったメインシナリオのほかにも、多様性のあるライフプランを考えていきたいと思います。

【末尾補足】
※私自身、会社員(雇用保険加入)から国家公務員(雇用保険非加入)、会社経営者(雇用保険非加入)という変遷をたどっておりますが、会社員時代の雇用保険によるリスキリング施策(教育訓練給付)は大変ありがたいと感じておりました。
仔細は省きますが、国家公務員時代の資格取得に関連する専門実践教育訓練給付では、追加給付は受けられませんでした(文句・不満ではありません、念のため)。

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